人気漫画の共通点を考えた時、そのひとつは「有名な絶望シーンがあること」だろう。
絶対に勝てないと読者すらも諦める圧倒的な絶望感。
ドラゴンボールの「わたしの戦闘力は530000です。」
BLEACHの「いつから鏡花水月を遣っていないと錯覚していた?」
いずれも敵キャラによる絶望的な名セリフだ。
ではスラムダンクで最も絶望的だったのはどこだろうか。
様々な意見があると思うが、私はこのシーンだと思う。
スピンムーブ!!
そのパターンも知ってる
あんなに練習したのに…
ここだ。
他の漫画に比べてマイナーなシーンでは?という意見は却下させて頂く。
ショックを隠せない晴子の表情は、何回読んでも心がちぎられそうになる。
後半開始早々のゾーンプレスなど、このシーンで圧倒的な絶望を与えるための布石でしかない。
心が折れるのは、点差が大きく開いた時ではない。
この相手には勝てない…と、負ける未来を受け入れた瞬間に訪れるのだ。
湘北メンバーの心はゾーンプレスではまだ折れなかった。
しかし大黒柱のゴリが何度も抑えられる光景を目の当たりにすると、敗北が現実味を帯びてくる。
ゴリが通用しない相手なんて、今までにいなかったのに…
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このシーンがいかに絶望的か、共感してもらえただろうか。
しかし私は、ふと疑問に思ったのだ。
どうして河田は「そのパターンも知っていた」のだろうか?
本題へと参ろう。
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赤木のスピンムーブ練習シーン
晴子がこんな顔になるのにも理由があった。兄が一生懸命頑張る姿を、その目で見守ってきたからだ。
このシーンの前には少しの回想がはさまれる。
赤木が自主練習をする描写だ。
ここで右上の駒を注視してもらいたい。赤木はスピンムーブの練習をしている。左ローポストでの、左反転のスピンムーブ。
この練習シーンと河田にブロックされているシーンは、状況が完全に一致している。
そして「全国の強者が相手だからな」から、この場面は全国大会に出場が決まった後であることが伺える。
しかし、そうだとすると合点がいかない。
豊玉戦でこの技を披露している場面がないのだ…!
赤木はこのスピンムーブを習得してから、一度も対外的に披露していないはずだ。
なのに何故、河田は「このパターン」を知っていたのだろうか…
沢北の放った「パターン」のニュアンス
山王工業の王者たる所以は、相手が格下だろうと万全の準備をして臨む姿勢だろう。
彼らは試合前日まで動画を見て湘北の分析をしていた。
沢北はこの時、赤木の攻撃パターンの偏りに目をつけた。
左ローポストからの攻めが赤木の得意パターンだと予測されていることがわかる。
ちなみにこのビデオに映っているのは、豊玉戦における湘北の初得点シーンだ。このシーンを掘り下げよう。
左ローポストで…
一見するとスピンムーブのようだ。ここだけで「左ローポストからのスピンムーブ」が得意なのはバレた可能性が高い。
しかし、これは右回転のスピンムーブだ。
赤木が練習していたのは「左ローポストからの左回転スピンムーブ」なのだ。
豊玉戦でのこのパターンが得意だと認識していたならば、逆回転はむしろ予想外のはずではないか。
では何故…と思いながら過去の試合を遡ってみると、こんなシーンがあった。
右ローポストでの魚住との1on1。陵南戦のラストシーンだ。
そう、左回転スピンムーブだ。描写こそないが、この映像も山王サイドはきちんとチェックしているはずだ。
そして豊玉戦のケースと合わせることで、河田は予測を拡大したのだ。
「左ローポストでの左回転スピンムーブもありえる」と…
今まで披露していないプレーなのに、これまでのプレーの分析から、そのパターンがあり得ることを予測していたのだ。そして実際に完封した。
「そのパターンも知ってる」
何故なら分析して導いたから。
ここに河田の凄さ、いかに強大な相手なのかが、間接的に描かれていることを実感するのだ。
沢北、丸ゴリがいかに凄いか
私は赤木の「攻めのパターンを増やさないとな」という言葉を誤解していた。
増やすのは技の種類ではなく、パターンなのだ。
「左ローポストからの攻め」と「左回転スピンムーブ」という掛け合わせ、まさにパターンを増やしたのだ。
ミドルシュートや、フェダウェイを習得するかのような意味合いではない。
沢北が放った言葉において、パターンという単語のもつニュアンスは至極正確な使われ方をしていたのだ。
この真実に気づいてから、このシーンでの絶望感はより強くなってしまった。
もちろん描写していないだけで、豊玉戦で披露していた可能性もある。
だが細部まで書き込まれているスラムダンクにおいて、その可能性は排除したい。
むしろ河田や沢北、異次元のメンタリティ深津をはじめとした山王工業の凄さを暗に描いていると捉える方が自然だろう。
愛知の星のケースといい井上雄彦が描くキャラクターに厚みがあって魅力的なのは、さりげない裏付けがあるからなのかと、読む度に凄さを再認識させられる。
それでは
カルボン酸太郎でした
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