私たちの人間関係は、観光地の飲食店で試される

友人や恋人と、旅行先でご飯を食べる時の話です。
観光地への旅行の楽しみの一つに、食事がありますよね。

でもね、観光地の飲食店って、名物詐欺がまかり通っていると思うわけです。
例えば仙台なら、牛タンが有名ですよね。牛タンが食べられるお店がたくさんあります。
調べずに適当に店に入ると、「あれ、そんなに美味しくないな…」って時が往々にしてあります。なんなら東京でもっと美味しいのが食べられるな…と。

これは完全に名物にあぐらをかいている状態です。腕を磨くことを怠っています。

『美味しい→名物になる→売れる』のはずが、前提を飛ばしています。
もはや『名物→売れる』という構図になってしまっています。

でも、観光客がメインのお客さんなので新規だけでも回ります。
普通の飲食店よりリピーターがほしいわけじゃないんです。仕方がないでしょう。

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観光地での食事が試金石となる

困るのは、恋人や、友達何人かと旅行に行った時です。
みんなで名物を謳っているものを食べに行って、美味しくなかった時、どうするか。これが非常に難しいわけです。

ここでのコミュニケーションに、コミュニティとしての真価が問われると思っています。

旅行なんでテンションあげて、楽しくやりたいんです。
ネガティブなワードは極力なしで、盛り上がりたいんです。

その文脈がある中で、正直に「あんまり美味しくないな」と言うべきか否かです。
難しいですが、落ち着いて整理して考えてみましょう。

メリット

成功した場合、コミュニティ内の結束力やパートナーとしての信頼感が増します。

人間にとって「共感できること」は重要な要素です。
自分が美味しくないと思っていないものを、仲間もそう思っていたら、一緒にいて安心感が増します。好きになります。

一番最悪なことは、皆あまり美味しくないと思っているのに、各々が雰囲気を重視して美味しいと言ってしまい、結果として満場一致で美味しいという評価になることです。
優しい人たちの集まりですね。一方でコミュニティの成熟度としては、まだまだ足りていないのかもしれません。

皆がいわば嘘をついて旅行を盛り上げようとしている。これって虚構の楽しさですよね。

だから全員が思っているなら、旅行としては一見タブーであっても、あまり美味しくないことを共有した方が良いでしょう。

無理をしなくていい、コンフォートなコミュニティとして存続できるはずです。
飾らなくていい、ありのままの自分でいられる素敵なパートナーであります。

デメリット

失敗した場合、当然ですが雰囲気が悪くなります。美味しいと思っていた人が気の毒でなりません。

怖いですよね。疑心暗鬼になります。
映画を見て面白かった。遊園地に行って楽しかった。それ…本当なの?

これから先、全ての感覚にすれ違いがあるのでは?と思うとしんどいです。

なんなら、配慮のできない思ったことをすぐ口に出してしまう奴、なんてレッテルを貼られてしまいかねません。

しかも味覚マウンティングをしたみたいになります。

「これが美味しいのか〜そっかそっか〜〜」

こんな奴と一緒にご飯食べたくないですよね。
ということで、言って失敗した場合は地獄です。

最後に

観光地の名物料理に勇気を振り絞って「美味しくない」と言う場合のメリット、デメリットを整理しました。
しかしどちらを選んでもいばらの道が待っていますね。

何がタチ悪いって、別に不味いわけじゃないことなんですよね。
ただめっちゃ美味しいわけでもない。それ故に難しい。

もういっそのことハイキング客の多い山の頂上のそば屋くらい突き抜けて不味くあれよ!

あれだけ足下見られたらもう清々しいですよね。僕はあのそば屋から既得権益という言葉を学びました。

 

だからもう、観光地の飲食店の食事があまり美味しくなかった時は

大切なことはいつも漫画が教えてくれます。

私たちは、言葉にせずともニュアンスを伝える術を持っています。
意図的に美味しいというワードを出さないことで、意思表示することは可能です。

ていうかそもそも観光地の飲食店よ、もっと本気出してくれ!!
いち料理人としてのプライドを見せてくれよ!!

しかしこの時の我愛羅、美人すぎて逆にそそられないセクシー女優みたいな顔ですね。

それでは
カルボン酸太郎でした。

 

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